冬の読書のすすめ〜②「日本が売られる」堤未果

水、風、土、私達の衣食住は、世界の様々なものによって支えられています。

食べものや衣服や水がどこから来ているかを知ることで生まれる感謝とつながりの実感。

そしてそのつながりの先に、食べものや衣服を作る上で起こっている環境汚染や搾取や差別や戦争といった現実を知ることになっていく・・

原子力発電や核開発によって生まれる放射性廃棄物の行方をたどる中で深い絶望を体験したアメリカの環境活動家であり仏教学者であるジョアンナ・メイシーは「絶望を感じるのは正常な反応。そこで自分が感じていることから逃げると無力感に苛まれ、思考も行動も止まってしまう。事実と向き合い、感じきることから、変化を起こしていくエネルギーが生まれる。」ということを実感し、1970年代に「つながりをとりもどすワーク」を始めました。

このワークという言葉は、現在日本でも盛んに行われている「ワークショップ」という概念の元になっていると言われています。

現実を知り、変化を起こすためのワーク。

彼女の著書でもある『アクティブ・ホープ』の意味は、自分の感じていることを引き受けて、希望を誰かに託すのではなく、自分たち自身が希望を作っていくこと。

世界とつながり、悲しい現実ともつながり、変化になっていくこと。


・・・


2001年9月11日、ニューヨーク貿易センタービルに旅客機が衝突した時、その隣のビルの20階にある野村證券に勤務していた堤未果さんは「”今だけカネだけ自分だけ”で突き進むウォール街の価値観に嫌気がさして」日本に帰国。その後、国際ジャーナリストとして現場取材や公文書の調査を元に執筆やメディア出演を続けています。


堤未果 (つつみ みか)
国際ジャーナリスト/東京都生まれ
ニューヨーク州立大学国際関係論学科卒業、ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科卒業。国連、アムネスティインターナショナルNY支局員、米国野村証券を経て現職。日米を行き来しながら取材、講演、メディア出演を続ける。多くの著書は海外でも翻訳されている。「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」で日本ジャーナリスト会議黒田清新人賞。「ルポ・貧困大国アメリカ」(3部作)で新書大賞2009, 日本エッセイストクラブ賞。「沈みゆく大国アメリカ」(2部作)「政府はもう嘘をつけない」(2部作)「アメリカから〈自由〉が消える」「核大国ニッポン」他多数。(オフィシャルサイトより)また、夫は参議院議員の川田龍平。



今回は、そんな堤未果さんが2008年からの『貧困大国アメリカ』三部作や『政府は必ず嘘をつく』二部作などを経て、2018年末に書かれた『日本が売られる』(幻冬舎文庫)という新書を紹介します。


若い米兵たちが憧れる、水と安全が保障され、どこへ行っても安全で美味しい食べ物が手に入り、病気になれば誰でもまともな治療が受けられる素晴らしい国。
テレビをつければ外国人タレントがこぞってその良さを持ち上げる番組が不自然なほど大量に流され、私たちの自尊心をくすぐっている。
だがそんな日本が、実は今猛スピードで内側から崩されていることに、一体どれほどの人が気づいているだろう?
次々に売られていく大切なものは、絶え間なく届けられる派手なニュースにかき消され、流れていく日常に埋もれて、見えなくなってしまっている。
ジェラルド(※イラクからの帰還兵)のいた戦場と同じように、木だけを見て森を見なければ、本当に立ち向かうべきものは、その姿を現さない。
ならばと私は思った。
今、それを書いてみよう。
この本を手に取ってくれた読者と共に、忘れられた過去や、知らぬ間に変えられたものを一つずつ拾い上げ、それらを全てつなげることで霧が晴れるようにその全体像を現す、私たち日本人にとって、最大の危機を知るために。
ー『日本が売られる』まえがきより


日本政府がTPP(環太平洋経済連携協定)への参加を検討する頃、菅直人元首相はこれを「第三の開国」と表現しました。

このことに対して「プロジェクト99%」を立ち上げてTPPの危険性を訴えていた安部芳裕さんは「第一の開国は、関税自主権を撤廃して自由貿易を受け入れた明治初頭。第二の開国は、第2次世界大戦に敗戦して戦勝国連合及びGHQの統括によって自治権を手放したこと。そしてTPPによって関税や非関税障壁(関税ではないが自由貿易の障壁になっている取り決めや慣習)の多くを撤廃することを、三度目の開国と見ているのだろう」と分析しました。


自由貿易、自由経済を支える「新自由主義」という思想では、市場経済は競争を是とするものであり、安い価格で大量の取り引きが出来る企業、政府が優位に立つことが容認されています。


そして今の日本政府は、アメリカ政府との二国間協定、ヨーロッパ諸国とのEPA(経済連携協定)、そしてTPP加盟を通じて、水道運営権、種の保存や管理、放射性廃棄物の取り扱いなどについて、民営化という形で国際市場に開放するための法律や制度の変更を進めています。


『日本が売られる』の中では、これら複雑でバラバラのようにも見える現在の変化の一つ一つを、丁寧な取材と調査によってわかりやすくまとめられています。


第1章1水が売られるでは、ヴェオリアやスエズ、ベクテルといった巨大グローバル水企業群と各国政府同士の提携によって広がる水ビジネスの現状と日本における変化について書かれています。


水道民営化後の水道料金は、

ボリビア 2年で35%

南アフリカ 4年で140%

オーストラリア 4年で200%

フランス 24年で265%

イギリス 25年で300%

上昇しました。


そして、このような状況の中、2000年から2015年の間に、世界37カ国235都市が、一度民営化した水道事業を、再び公営に戻しています。


一方、日本国内においては、水道民営化法や水道法の改正によって、ヴェオリア社の日本法人が松山市の浄水場運営権、大阪市の水道検針事業の運営権を獲得し、2017年には浜松市が国内初の下水道長期運営権をヴェオリア社に売却しています。


そして第3章売られたものは取り返せは「政府が企業に忖度し、暴走し売国が止まらない時、国民にできることなどあるのだろうか?答えはイエスだ。すでに世界各国では、同じ問いを行動に変えた新しい流れが次々に生まれている。」という文章から始まり、イタリアでおこっている草の根政治運動や、グローバル水企業ヴェオリア社とスエズ社の本拠地であるフランス・パリで25年続いた水道事業の民間委託に終止符を打ち、運営の民主化を進めている取り組みなど、世界各地で起こっている新しい動きについて書かれています。


「公共サービスを民間に売り渡すことは、結局高くついただけじゃなかった。私たち一人ひとりが自分の頭でどういう社会にしたいのかを考えて、そのプロセスに参加するチャンスを失うことの方でした」
 スペインのテレッサ市の市民議会に加わったという31歳のシルビア・マルティネスは私に言った。
「国民はいつの間にか、何もかも<経済>という物差しでしか判断しなくなっていた。
だから与えられるサービスに文句だけ言う<消費者>になり下がって、自分たちの住む社会に責任を持って関わるべき<市民>であることを忘れてしまっていたのです。」
 彼女の住むテレッサ市は、水道の運営権を民間から買い戻し再公営化したことをきっかけに、水道を、消費する「商品」ではなく「全住民の共有資産」として位置づけることを決定、市議と市民が連携し、共に責任を持って持続可能な水道運営をデザインしていくことを決めたという。
高速の点でやってくるニュースに慣れて、自分の頭で考えることをやめてしまえば、「今だけカネだけ自分だけ」の狂ったゲームを暴走させ、足元が崩れるスピードは増していく。
だが何が起きているかを知った時、目に映る世界は色を変え、そこから変化が始まってゆく。
他者の痛みや、人間以外の生命、子供たちがこの先住む社会が、今を生きる大人たちの手の中にあることについて。
(中略)
水道や土、森、海や農村、教育や医療、福祉や食の安全・・・あるのが当たり前だと思っていたものにまで値札がつけられていたことを知った時、私たちは「公共」や「自然」の価値に改めて目をやり、そこで多くのものに向き合わされる。
ー『日本が売られる』あとがきより



店主三宅洋平氏が

「絶望的な未来を識ることは 

その未来から解放されることの始まり」

という言葉と共に熱く勧めているこの本を、ぜひ手に取っていただけたらと思います。


何人かで集まっての朗読会や読みあわせ会もおすすめします。

味噌汁や三年番茶をすすりながら、湯たんぽに足をのせながら、養生読書会。

味噌も本も三宅商店にてどうぞ。


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『日本が売られる』

新書: 291ページ

出版社: 幻冬舎 (2018/10/4)

発売日: 2018/10/04

サイズ: 17.3 x 10.9 x 1.4 cm

今、日本の法律は次々と変えられ、米国や中国、EUなどの外資が、わたしたち日本の資産を買いあさっている。
命の源である「水」が売られ、「種子」が売られ、「海」や「森」や「農地」、「国民皆保険」「公教育」「食の安全」「個人情報」など、日本が誇る貴重な資産に値札がつけられ、叩き売りされています。
売っているのは誰?買っているのは?なんのために?
もしも水やタネ、森林や農地が外資に売られると一体何が起こるの?

マスコミが報道しない衝撃の舞台裏と反撃の戦略を、気鋭の国際ジャーナリストが、緻密な現場取材と膨大な資料をもとに暴き出す。


目次

まえがき いつの間にかどんどん売られる日本

第1章 日本人の資産が売られる

 1 水が売られる(水道民営化)

 2 土が売られる(汚染土の再利用)

 3 タネが売られる(種子法廃止)

 4 ミツバチの命が売られる(農薬規制緩和)

 5 食の選択肢が売られる(遺伝子組み換え食品表示消滅)

 6 牛乳が売られる(生乳流通自由化)

 7 農地が売られる(農地法改正)

 8 森が売られる(森林経営管理法)

 9 海が売られる(漁協法改正)

10 築地が売られる(卸売市場解体)

第2章 日本人の未来が売られる

 1 労働者が売られる(高度プロフェッショナル制度)

 2 日本人の仕事が売られる(改正国家戦略特区法)

 3 ブラック企業対策が売られる(労働監督部門民営化)

 4 ギャンブルが売られる(IR法)

 5 学校が売られる(公設民営学校解禁)

 6 医療が売られる(医療タダ乗り)

 7 老後が売られる(介護の投資商品化)

 8 個人情報が売られる(マイナンバー包囲網拡大)

第3章 売られたものは取り返せ

 1 お笑い芸人の草の根政治革命 ~イタリア

 2 92歳の首相が消費税廃止~マレーシア

 3 有機農業大国となり、ハゲタカたちから国を守る ~ロシア

 4 巨大水企業のふるさとで水道公営化を叫ぶ~フランス

 5 考える消費者と協同組合の最強タッグ ~スイス

 6 もう止められない! 子供を農薬から守る母親たち ~アメリカ

あとがき 売らせない日本



#消費動向が世界を変える


By 冨田貴史

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