あたらしくてなつかしい経済の物語り(1)「はじめに」

文・冨田貴史
絵・Karri Tree Design
構成・三宅洋平


はじめに

「経済優先の是非を論争するのではなく、経済の質を話し合い、その意味を膨らませたい」

三宅商店の店主である三宅洋平は2013年に行われた参議院選挙に向けた立候補宣言の中でこのように語っている。

<経済=マネーゲーム>と括ってしまうと、その印象はあまりいいものにならない気がするが、実際はマネーゲームだけが経済だけでない。

経済という言葉は「経世済民」から来ている。

自分自身と世界、自分自身と他者との間に生まれる関係をつなぐものが経済とも言えるだろう。人間同士、人と自然環境の関係性、つまり世界のあり方は、経済のあり方からの影響を大きく受けている。

ある意味で、経済は「媒介物=メディア」の一つでもある。

日常の中で触れているメディアがどのような考え方で運営され、どのような方向性に人を誘おうとしているのかによって、そのメディアに触れる者の生き方、暮らし方、考え方は大きく変化する。

同じように、どのような考え方で成り立つ経済の中に生きているかによって、現実世界の見え方は大きく変わってくる。

モノやサービスを交換しあう交換経済。

見返りを求めずに捧げ合う贈与経済。

利子や利息といった架空の数字の増減によって市場が動いていく金融経済。

銀行家や資本家の思想や政治的方針によって市場が動いていく資本主義経済。

新自由主義という思想の元に、グローバル企業および企業群の力が国家の境界線を超えて及んでいくグローバル経済およびコーポラティズム。

地域の中で生産と流通を循環させていくことを意図したローカル経済。

生産や加工に携わる者とそれを購入する者との関係性を見直すフェアトレード的経済。

経済のあり方はその根底に流れる考え方、つまり人と人、人と環境のつながり方についての価値観を大きく反映させていて、そのあり方はどこまでも多様であり、その可能性は無限であると言える。


実利を伴う理念としての三宅商店

お任せ民主主義を脱却して、自分達のライフスタイルや思想をそのままに、政治に関わっていくことができるという提案を投げかけたとも言える三宅の立候補宣言。

誰かが作った経済に乗っかったままに、経済のあり方そのものをお任せしてきた現状を変えていく為に、経済そのものを否定したり批判するのでなく、自分達のライフスタイルや思想を反映させた新しい経済のあり方を模索、実践する取り組みを自分たちで進めていく。

その実践の場のひとつが三宅商店という存在なのだと、僕は認識している。

非暴力・不服従の思想を掲げてインドを独立に導いたマハトマ・ガンジーは、イギリスの東インド会社がインド社会の中に入り込んでいき、インド人のライフスタイルを大きく変え、結果として政治や経済のあり方そのものをイギリス式に変容させていった歴史をこう語っている。

「インドのイギリス化(近代化・機械化)はイギリスの侵略によるものではなく、インドがイギリス化していく事を従順に受け入れたインド人自身が引き起こした結果である」

国内の農家が育てた綿花は格安な金額でイギリスの企業に買い取られ、マンチェスターの紡績工場で大量生産された機械製の衣服を同じインドの都市生活者たちが買う。

手で糸を紡ぎ、手で布を織り、手で縫製した国産の衣服は、イギリス製のそれに価格競争で叶うわけもなく、手仕事の技術や伝統および雇用の機会は、都会の消費者の手によって潰されていった。

生活者(生産者および消費者)が自分達の思想や価値観を問うことをやめてしまう事で、生産と消費の現場は大企業による莫大な資本投入によって行われる、コマーシャリズムとマーケティングに横たわる思想や価値観に飲み込まれていってしまう。

たとえば消費者の意識に「流行りに乗り遅れたくない」といった気持ちが植えつけられると、必要ないものまで買ってしまうことが往々にしてある。

「とにかくなるべく安く買わなければ」という強迫観念が植え付けられると、安価な大量生産品を買い続け、必要のないものまで生産せざるを得ない状況を支えてしまう事もあるし、原料を作る生産者に十分な対価が支払われないアンフェアな関係を作ってしまうこともある。

何かを安く買い叩くという事は、それを作る者の暮らしを安く買い叩くという事につながる。

必要以上の生産を必要以上のスピードで続ける上に成り立つ大量生産品を買い続けるという事は、結果として自分達自身を、過剰な量のものを過剰なスピードで作る仕事に従事させ続けることにつながっていく。

働くとは「ハタ(周囲)をラクにする」こと

競争や対立やプレッシャーではなく、共存や共生や調和を意図した経済。

大地の恵みに感謝して、生産や加工に携わる人たちの暮らしに敬意を払うような経済。

その気持ちの現れとして対価を支払っていくようなお金の循環。

お金を「消して費やす=消費する」のではなく、相手に対して投資する、エンパワーするような経済を作っていくこと。

「隣人を楽にする=ハタをラクにする」を語源に持つ本当の”働き”に対して、感謝の現れとしての金銭の交換をしていくこと。

前述のガンジー氏の言葉の奥には「自分たちの引き起こした現実なのだから、自分たちの手で変えていくことができる」という前向きなメッセージが宿っているように感じる。

この日本列島は、たくさんの大陸(プレート)が交差し、たくさんの潮の流れが交差する文化と文明の交差点でもあった。世界中から集まってくる多種多様な人々の思想、価値観のそれぞれをよく理解し、受け入れ、時には翻訳者、通訳者、仲人のような形で間を取り持ってきた人たちによるマーケットとメディア。

今でいうところのマルシェのような場は列島の各地に点在していて、海の民と山の民はそこで交流を重ねてきた。海の幸、山の幸、川の幸、里の幸、それぞれの環境から生み出されたモノやサービスの価値を理解しあう事で成立していた多様性フェアトレード的な交易文化。

海の民が炊いた塩を受け取った山の民は味噌や醤油を仕込み、その一部を海の民に還元していく。山の民から受け取った穀物や野菜の種を海の民は船に乗せ、その栽培技術を各地に広めていく。競争や対立ではなく、お互いを生かし合うことを意図したような経済のあり方は可能であるということを民族的な歴史が実証している。

ものやサービスを交換しあう為のマーケットと、それらの価値を伝えるメディア。

この二つを自ら立ち上げていくことで新しい経済のあり方を実践する動きは、多くの地域で同時多発的に起こり続け、活性化し続けているように感じる。

経済の行き詰まりを訴える報道も少なくないが、今、行き詰まりを迎えている経済が「すべての種類の経済」であるわけではなく、ある種の形態の経済が行き詰まりを迎えている一方で、新たな芽生えを向かえた経済や、静かに育ち続けている経済の存在もまた事実だ。


行き詰まる経済と芽生える経済

具体的にはたとえば、ある農村で暮らす三児の母が作るオーガニック保湿クリームが、地元で開催されるオーガニックマルシェや三宅商店といったマーケットの存在のおかげで月に30本販売することが可能になり、そのおかげで彼女は毎月の家賃をまかなうことができている。彼女は稼いだお金で大量消費するわけではなく、生活に必要な分だけ稼いだら、後の時間はハーブやメディカルについての学びや探求を深めるために使っていたりする。そうやって深めた学びが商品の質をさらに高めていき、その商品を受け取る人たちの健康がさらに促進されたりする。そういうことが各地で起こっている。

「買い手が作り手を支えている」と言うと、自分で作れないものを作ってもらっている者としておこがましいという気もするが、お金を支払う事が具体的に作り手の仕事や暮らしに何らかのプラスをもたらしているという実感は、「経済の質を変えていきたい」と願う自分たち自身を勇気付ける働きを持っているということは事実だろう。

購買という行為が、何かを手に入れるだけでなく何かをエンパワーする役割を持っているという実感の積み重ねは、「消費者」という、ともすれば罪悪感をも伴うアイデンティティをぬぐい去る事にもつながっていくかもしれない。

経済の行き詰まりが叫ばれる昨今ではあるが、ここでいう経済とは「すべての種類の経済」を指しているわけではなく、現代社会およびそれを支えてきた私たちが受け入れてきた、数ある経済の形態のうちの一つが行き詰りつつあるということでもあるのではないだろうか。

と同時に、ひとりひとりの選択、仕事、価値観、ひとつひとつのものに宿るエネルギーに対して感謝と敬意でつながりあい、お互いを育てあっていくような、生き物のような経済がすでに生まれ育っているという実感も確かなものになってきている。そして、今まで長く続いてきた経済のあり方がもし変化していくとしたら、その流れは段階的なものであり、ゆるやかなものでもあり、その変化を支えるものは一極に集まる巨大なパワーではなく、それぞれの暮らしの中で起こる小さな変化の積み重ねのようなものなのではないかと思う。

僕はこの1月から三宅商店で取り扱う品物の背後にある物語や価値を伝える役割を担っていくことになった。経済のあり方を変えていく実践の場としての三宅商店に関わりながら、大切な仕事のひとつひとつ、そこから生み出される大切なもののひとつひとつ、それらと共にある暮らしのひとつひとつが感謝と敬意によってつながっていく、そんな経済を地道に育んでいく、その一端を担えたらうれしい。


次回 「和暦について」

*二十四節気ごと、およそ15日に1度の連載となります。


■冨田貴史 http://takafumitomita.blogspot.jp/

京都在住。ソニーミュージック~専門学校講師を経て、全国各地で年間300本以上のイベント・ワークショップを続けている。ワークショップのテーマは暦、エネルギー、手仕事(茜染め、麻褌、鉄火味噌など)自家発電など。大阪中津にて養生のための衣食を自給する冨貴工房を営む。また、疎開保養「海旅キャンプ」主催団体「21st century ship 海旅団」代表代行。『原発事故子ども・被災者支援法』を活かす市民ネット代表。


『あたらしくてなつかしい経済の物語』(1)

presented by 三宅商店

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