文・冨田貴史
絵・Karri Tree Design
構成・三宅洋平
味噌のつくり方に正解はない
前回紹介させていただいた井上糀店の碇君と出会ったのは2009年、神奈川県三浦のとある農家で行われた暮らしの自給をテーマにしたイベントでした。井上糀店で仕込んだ10種類ほどの味噌をズラリと並べ、一つ一つの違いを説明しながら食べ比べ体験をさせてくれました。おかげで一気に味噌が身近になり、その後味噌作りを始めるきっかけをもらいました。
2011年の原発事故後は被災地に暮らす友人達に手作り味噌を届ける為、ことあるごとにアドバイスをもらいながら味噌作りを続けてきました。今回は、そんな井上糀店とのお付き合いの中で掴んできた味噌作りの概要をお伝えしたいと思います。
まず碇君の言葉を借りると、味噌作りの方法は多種多様。基本さえ押さえれば失敗はないし、味噌にいい悪いはなく個性があるだけです。ですからこれからシェアさせていただく味噌作りは、数限りなくある方法のひとつにすぎず正解でも不正解でもありませんので、あくまでも参考程度に読んでいただけたらと思います。
糀歩合と前日からの準備
今回シェアさせていただくのは、精米した米に糀を付けた白米糀と大豆、自然塩を使ったいわゆる米味噌の作り方。糀には生糀と乾燥糀がありますが、僕は生糀を好んで使っています。大豆と糀の配合バランスは「糀歩合」と呼ばれており、乾燥大豆と糀を同量にすると「糀歩合10」、乾燥大豆の倍の糀を使うと「糀歩合20」になります。糀が多くなると熟成が早く味は甘めになり、冨貴工房や疎開保養キャンプでの仕込みは「糀歩合20」で仕込んでいます。
味噌作りの前日は、大豆を清水でよく洗いタップリの水に漬けておきます。大豆は水分を吸収すると約2倍に膨らむので大きめの容器を用意しておきます。当日は、この大豆をザルに入れて清水でよくすすいでから大鍋に移したあと、大豆が十分に浸かるくらいに水を張って強火にかけ、沸騰したら丹念にアクを取りながら4時間程度煮込みます。この時、煮汁が減ってきたら大豆が煮詰まらないように差し水をします。4時間という茹で時間はあくまでも目安で、実際は豆が親指と小指で楽に潰せる程度まで柔らかく煮込みます。
その後、煮えた大豆をザルにあけ、粗熱を取り、煮汁(味噌屋用語で「アメ」といいます)は別の鍋に保管しておきます。
ほぐしと揉みで手の常在菌をまぜこみ
大豆の粗熱を取っている間に糀をタライなどに広げてよくほぐし、塩を混ぜ合わせていきます。塩は糀よりも重くタライの底に溜まりやすいので塩を糀に揉み込むようにして丹念に混ぜます。塩の量(塩分濃度)は味噌全体の9%~12%程度がお勧めで、僕は子供でも食べやすいように毎回およそ9%に設定しています。
大豆の粗熱が取れたら、糀と塩を混ぜ合わせたものと別のタライに大豆を広げて手でよく潰していきます。大豆の潰れ具合は粗挽きからペースト状までお好みですが、潰れ具合が甘いと糀菌が豆の中に入り込みにくく発酵熟成が起きにくくなるので、ある程度しっかり潰すことを勧めます。ちなみに碇君いわく「昔は大豆を子供に素足で踏ませていた。大豆を潰す際に殺菌消毒を勧める人もいるが、人間の常在菌は糀が分解してくれるので心配しなくて大丈夫」とのことです。
大豆が十分に潰れたら、糀と塩、大豆を混ぜ合わせていきます。混ぜながら、全体がパサつくようでしたら前述のアメを少量ずつ加えながら硬さ調整をしていきます。アメはその名の通り甘味たっぷり。このアメを注ぐことで味噌の旨みが増していきます。どれくらいの硬さに仕上げるかもお好みですが、人差し指が楽に通るくらいの硬さにすると熟成がスムーズに進みます。
仕込みと保管
糀、塩、大豆、アメをよく混ぜ合わたら、いよいよ仕込みです。仕込む容器は杉や檜の樽、鋳物の瓶などがいいとされていますが、ホームセンターで扱っているようなプラスチックの漬物樽にビニール袋を内側に敷いて仕込む事もできますし、碇君いわくジップロックやビニール袋だけでも仕込む事ができます。実際僕もジップロックで実験してみましたが美味しい味噌ができました。無理なく用意できるものを使って気軽に仕込んでみてください。
樽や瓶を使う場合は、しっかり空気を抜きながら仕込み、真ん中がすこし盛り上がるように山型に仕込み、表面にうっすら塩を振り、落し蓋を乗せてその上に重しをします。重しの目安は、5キロ程度の味噌の場合は手のひらに乗るくらいの石、10キロ程度の場合は1キロ程度の石がお勧めです。仕込んだ後はなるべく光の入らず湿気のない場所で静かに保管します。
食べごろ
食べごろは仕込み後6ヶ月以降が目安ですが、もっと早く開ける人もいるし、もっとじっくり寝かせる人もいて、仕込み期間も好みによって自由に判断できますが、「塩なれ」という塩辛みが馴染んで柔らかい風味になるまでには最低でも3ヶ月はかかりますので、それまではじっくり待つことを勧めます。
なお、仕込み中にカビが生える事もありますが、これは失敗ではありません。とくに白いカビは食べても害はなく、食べる時に混ぜ込んでしまってもいいですし、しゃもじなどで表面を取り除けば中は綺麗な状態になっているはずです。カビは空気に触れている場所に生えるので、しっかり空気を抜いておけば中にカビが生える事はありません。碇君は「カビが生えた味噌も、生えない味噌も美味しい。30センチの高さのカビが生えたこともあるが、やはり美味しかった。カビが生えたら失敗ということはない」「過剰にカビを恐れたり、カビが生えやすい夏に仕込むことを控える人がいるが、季節問わず美味しい味噌は仕込める。」といいます。
「”冬は味噌作りに適している”という話がいつの間にか”冬にしか味噌は仕込めない”というような話に転じてしまっているがそれは迷信。昔は農閑期を狙ったり、糀の仕込みをしやすい冬に味噌作りが集中していたが、冬にしか味噌が仕込めないわけではないので、糀屋が冬に忙しくなりすぎないためにも、夏にもどんどん味噌を仕込んで欲しい」そうです。
味噌づくりだけじゃない味噌づくり
碇君のような本音で話せる糀屋との付き合いを通じて、僕の中の味噌作りのイメージもだいぶ変わりましたし、実際この5年間、毎度失敗なく美味しい味噌作りを楽しませてもらっています。味噌作りは自分たちの健康をまかなうだけでなく、手を使った共同作業によって家族や地域の仲間たちとの親睦を深める機会にもなります。
味噌作りに関する思い込みを外しながら、気軽に集って味噌を仕込む機会が広がることで、この日本列島で1000年以上続いてきた味噌作りの文化を繋ぎ直していけたらと思います。
*二十四節気ごと、およそ15日に1度の連載となります。
■冨田貴史 http://takafumitomita.blogspot.jp/
京都在住。ソニーミュージック~専門学校講師を経て、全国各地で年間300本以上のイベント・ワークショップを続けている。ワークショップのテーマは暦、エネルギー、手仕事(茜染め、麻褌、鉄火味噌など)自家発電など。大阪中津にて養生のための衣食を自給する冨貴工房を営む。また、疎開保養「海旅キャンプ」主催団体「21st century ship 海旅団」代表代行。『原発事故子ども・被災者支援法』を活かす市民ネット代表。
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